愛するみなさま、こんにちは。
カウンセリングサービスの まえじまようこです。
ブログを読んでいただきありがとうございます。
アメブロ「恋と仕事の心理学」に投稿しています。
今年はもう届けることができません。
父の冗談混じりの声、母の笑い声。
当たり前だと思っていたやり取りが、どれほど愛に満ちた時間だったのか。
バレンタインに気づいたのは、「受け取ってもらえる」という奇跡でした。
愛は与えるだけではなくて、受け取り合うことで循環する。
そんな気づきを書きました。


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カウンセリングサービスの まえじまようこです。
ブログを読んでいただきありがとうございます。
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今年はもう届けることができません。
父の冗談混じりの声、母の笑い声。
当たり前だと思っていたやり取りが、どれほど愛に満ちた時間だったのか。
バレンタインに気づいたのは、「受け取ってもらえる」という奇跡でした。
愛は与えるだけではなくて、受け取り合うことで循環する。
そんな気づきを書きました。

「二人で仲良く食べてね」
が届かなくなった、今年のバレンタイン
今日はバレンタインデーですね。
街が華やかなチョコレートであふれるこの季節、
あなたは誰の顔を思い浮かべていますか?
実は私、今年のバレンタインは、少し「寂しさ」を感じています。
毎年この日に、私は両親にチョコレートを贈るのが恒例でした。
でも今、父はパーキンソン病を患い、母は認知症が進み、それぞれ別の介護施設でお世話になっています。
だから今年は、もうチョコレートを贈ることができないのです。
◆「受け取ってもらえる」という奇跡
毎年、チョコレートに添えていたのは
「二人で仲良く食べてね」というメッセージでした。
私からのチョコが届くと、父は電話で
「どうしようかなぁ。しょうがないから、お母さんにも少し分けてあげようかなー。」
いつもわざと母に聞こえるように、笑いそうになるのをこらえながら、冗談を言うのです。
母は母で、父の後ろから
「大丈夫よー、お父さんのいないときにどんどん食べちゃうから。」
そう笑いながら、電話の向こうにいる私にも聞こえるように言うのです。
それがが、私と両親の毎年のお決まりのやりとりでした。
私が贈るチョコレートは毎年同じもので、
ひとつひとつ味や形の違うチョコレートが、箱に一粒一粒、きれいにぎっしりと並べられたもの。
父と母は「今日はどれにする?」と、選ぶことも楽しみながら二人でいただいていること、
洋酒の香りのするものが二人のお気に入りなのだと伝えてくれました。
それが、私にとって当たり前の光景だと思っていました。
でも、贈る相手がいなくなって初めて、私は痛烈に思い知らされたのです。
「愛を贈って、それを受け取ってもらえること」が、
どれほど幸せで、贅沢なことだったのか、ということに。
心理学の世界では、愛は「与える側」と「受け取る側」がいて初めて循環すると考えます。
両親が私からのチョコレートを喜んで受け取ってくれた瞬間に、
私は両親から「愛することができる喜び」という、目に見えない最高の贈り物を返してもらっていたのです。
◆ずっと「愛されない」と思っていた私
でも実は、私自身、ずっと長い間それができずにいました。
私と両親は、昔からずっとこんなふうに仲が良かったわけではありませんでした。
ぶつかり合ったり、理解し合えなかったり…。
かつての私は、自分の欲しかった形での愛情表現をもらえなかった、怒りと寂しさを抱えていた時代が長くありました。
でも、心理学を学び、自分の心と向き合う中で気づいたのです。
私が欲しかった形とは違ったかもしれないけれど、
「両親は、両親なりに、精一杯私を愛してくれていたんだ」ということに。
同時に、はっとしたことがありました。
私が「愛されない」と怒っていたあのとき、
両親もまた、差し出した愛を私に受け取ってもらえず、
今の私と同じような「寂しさ」を感じていたのではないかと。
私を愛したかったのに、その愛を受け取ってもらえない。
それは、両親にとって、どれほど切ないことだったでしょう。
◆チョコレートは「あの人の愛」を受け取り直すための合図
バレンタインにチョコを贈る。
それは、相手から注がれていた「目に見えない愛」を、
こちらが改めて認め、受け取り直すという「愛の答え合わせ」なのかもしれません。
不器用な愛の形を、私自身が「受け取る」と決めたとき、
世界は少しずつ、やさしく色を変え始めました。
あの、電話越しの笑い声。
「二人で仲良く食べてね」という、何気ないやりとり。
それは、私が両親の愛を受け取り直し、
両親もまた、私の愛を受け取ってくれたことで生まれた「奇跡の循環」だったのです。
◆「受け取ってもらえる」最高の贈り物
今、もしあなたがバレンタインデーに
「相手にどう思われるかな」
「喜んでくれるかな」
と、不安になっているなら。
どうか思い出してください。
あなたが差し出すその手は、決して一方通行ではありません。
相手がそれを受け取ってくれるとき、
相手はあなたに「愛させてくれる」という最高の贈り物を返してくれているのです。
そして、あなたがもし、大切な誰かと、まだうまくいかないわだかまりを感じているのなら。
相手の愛情表現が、あなたの望む形とは違っていても、
その奥にある「不器用な思い」を、ほんの少しだけ受け取ってみようと、思ってみてくださいね。
バレンタインデーは、チョコを送る日であると同時に、
「相手の中にある愛」を私たちが受け取り直す日でもあるのかもしれません。
◆おわりに
「二人で仲良く食べてね」という言葉は、今年はもう、届けるべき場所がありません。
でも、その言葉を言わせてくれた両親への感謝は、今も私の中に温かく残っています。
愛を贈れる相手がいること。
そして、受け取ってもらえること。
その「当たり前」の向こう側にある奇跡を、
今年のバレンタインデーに、あなたと一緒に大切に噛み締めたいと思います。
あなたの恋と、そして大切な人との絆が、優しい愛の循環で満たされますように。
お読みいただきありがとうございました。
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